先日、保護者の方からこんなご相談をいただきました。
「国語だけ家庭教師をお願いするのは、ありなんでしょうか?」
たしかに、算数や英語のように“わかりやすく成果が見えやすい教科”ではないため、国語だけを個別指導で学ばせることに迷う方は多いと思います。
しかし結論から言えば、国語だけ家庭教師をつけるのは十分に意味があります。
なぜなら、国語には「家庭では教えにくいスキル」が多く、専門的な観察とトレーニングが必要だからなんです。
国語は“解き方”を学ぶ教科
国語という教科は、他の科目と性質が違います。
算数や理科はパターンを身につければ点が上がる教科ですが、国語は「思考の型」を身につけない限り、いくら問題を解いても点数が安定しません。
読解問題では、文章のどの部分を根拠に答えを導くか、その思考の過程が問われます。
つまり、正答を導くには“読み方”そのものを鍛える必要があるのです。
この“思考の型”を教えるのが、国語専門家庭教師の役割になります。
多くの子どもは、問題を解く前に「本文のどこを読めばいいか」「筆者が何を言いたいのか」が整理できていません。
そこを一緒に分析し、読み進め方の手順を身につけていくことが、成績向上への第一歩になるのです。
家庭学習では限界がある理由
多くの保護者の方は、「もっと本を読ませたほうがいいのでは」「語彙力を増やせば点が上がるのでは」と考えます。
もちろん、読書や語彙の蓄積は大切です。
ただし、読書と読解力は別の能力です。
読書は“感性”を育てますが、読解力は“論理”によって支えられています。
たとえば説明文を読むとき、「主張」「理由」「具体例」を整理する力がなければ、文章をいくら読んでも内容を正確に理解できません。
この整理の仕方を教えるには、経験と観察力が必要になります。
国語の家庭教師は、子どもの読み方を一文ごとに見ていきます。
「どこでつまずいているのか」「なぜその選択肢を選んだのか」を丁寧に追うことで、思考のズレを修正していきます。
これが、家庭ではなかなかできない専門指導の部分になります。
国語専門家庭教師が行う“思考の可視化”
僕は授業の中で、生徒と一緒に「読み方の筋道」を確認する時間を大切にしています。
たとえば説明文なら、「筆者の主張→理由→具体例」という流れを意識しながら線を引き、
物語文なら、「心情の変化」と「根拠となる表現」を整理していきます。
こうした読解の作業は、単なるテクニックではありません。
文章を読むときの“意識の置き方”を少しずつ変えていく訓練なのです。
最初は時間がかかりますが、続けるうちに生徒自身が「何をどう考えながら読めばいいか」を自分でコントロールできるようになります。
この“自力で読めるようになる瞬間”こそが、国語専門指導の醍醐味なんです。
国語力はすべての教科の土台になる
もう一つ、大切な視点があります。
国語で身につける読解スキルは、他の教科にも波及していくということです。
算数の文章題、理科の説明文、社会の資料問題…。
どの教科でも「設問を正確に読む力」「情報を整理して答えを導く力」が求められます。
つまり、国語だけを鍛えることが、結果的に全教科の底上げにつながるのです。
現場でも、国語を専門的に学んだ生徒が他の科目の理解までスムーズになるケースを何度も見てきました。
「国語だけ家庭教師をつける」という選択は、決して遠回りではありません。
むしろ学習全体の基盤を固める、最も合理的な方法だと思います。
まとめ
国語は「知識」ではなく「思考のスキル」を育てる教科です。
そして、そのスキルを磨くには、専門的な観察と正しい方法による練習が欠かせません。
焦らず、観察しながら、少しずつ読解の型を定着させていくこと。
それが国語専門家庭教師の使命であり、確実に成績を上げるための最短ルートなんです。
読解力は一朝一夕で身につくものではありません。
けれど、正しい方向で積み重ねていけば、必ず結果は出ます。
日々の授業の中で、その変化を一緒に感じ取っていきたいと思います。




